大阪府高槻市にある訪問看護ステーション「ソレイユ」。本稿執筆1年少し前、訪問看護事業の法人設立と指定申請のお手伝いをするご縁を頂き、現在も継続して当事務所の法務支援サービスをご利用頂いている。

去る平成30年9月15日、同社の創業1周年を記念して講演会が開催された。今回のコラムではその様子と同社代表兼管理者である稲田陽子氏の創業にかける想いをご紹介したい。

【目次】

①重度重複障害児の母親であり、社会起業家である代表稲田陽子氏
②障害児の親が語る切実な思い
③介護・障害福祉事業支援のあり方を再考

①重度重複障害児の母親であり、社会起業家である代表稲田陽子氏

平成29年8月、JR高槻駅。開業前の最終打合せに現れた稲田氏の表情には期待と不安が入り交じって見えた。次女の知陽(ちあき)さん18歳は仮死状態で生まれ重度重複障害を抱えている。日々の看護と起業準備に多少疲労の色が見えた稲田氏。当時の印象的な言葉は、

「応援して下さる方々に背中を押して頂いて、何とか起業することができそうです。」

あれから1年。事業は順調にスタートし、1人の職員も欠けることなく創業1周年を迎えた。講演会のご挨拶でも創業前と何ら変わることなく周囲への感謝の思いを述べられた。

知陽さんが生まれた当時は、在宅での医療・支援が普及しておらず、育児・看護に対して相当の苦労を重ねられた稲田氏。その言葉を借りると、

「誰か教えて・・・」
「誰か手伝って・・・」
「誰か私の話を聞いて・・・」
「誰か少しでもいいから娘を看ていて・・・」

若い母親の不安に満ちた姿が、この言葉からリアルに想像できる。

医療の進歩とともに助かる命が増える。同時に稲田氏のように「誰か・・・」と思いながら大変な生活を強いられる親も増える。

稲田氏の起業は、稲田氏自身がその「誰か」となり、重症心身障害児を抱える家族をサポートしたい、という想いに基づく。その想いは高槻市を中心とした大阪府北摂地域に確実に広まりつつあり、講演会場には数多くの聴衆が詰めかけた。これだけ多くの人々が集まる創業記念の会合に、私は今まで参加したことがない。これはひとえに、稲田氏の純粋な起業理念と、決めたことを確実にやり通す実直な人柄のためだと、改めて実感した。

②障害児の親が語る切実な思い

講演会では稲田氏の他に障害児を抱える2組の保護者の方が登壇されたので合わせてご紹介したい。

A氏 14歳女児(IP36染色体欠損症 難治性てんかん)

4人家族のA氏の長女はIP36染色体欠損症と難治性のてんかんを抱える。言葉を話すことはできないため、家族間のコミュニケーションに「マカトン」という簡易な手話を用いる。恥ずかしながら私はマカトンの存在を初めて知ったが、小学生の弟さんが聴衆に対して分かりやすく紹介してくれた。

A氏のお話からは公立小学校での受け入れに対する課題が浮き彫りになった。公立の小中学校は教育委員会の管理下に置かれるため、私立学校に比べて特段、順法意識が強い。一例を挙げるとてんかん発作を起こした際の対処。この際、酸素バルブを回すことで発作が収まるとのことだが、医療行為に該当するため、教員がこれを行うことは法律上制限される。そこで家族である低学年の弟がわざわざ酸素バルブを回しに駆けつける。

教育委員会の考えは分からないではない。しかし法制度の改正で緊急時に医療行為の一部を教員に対して例外的に認める、などの法的措置が取れないものだろうか。

この件に限らず遠足、校外学習、修学旅行を含め学校側の型にはまった対応と、それに一つずつ向き合わざるを得ないご家族の日常生活を思うと、そのご苦労を察するに余りある。

A氏の現在の不安は長女の高校卒業後の行く末。学校という保護組織を離れた後、また両親が年齢を重ねる中、どのような将来が長女を待っているのか、不安を感じておられる。

B氏 19歳男児(出生時低酸素虚血脳症 常時人工呼吸器)

講演中も幾度となく、たん吸引をしながら聴衆に向き合うB氏。長男はまばたき以外体を動かすことができない。咀嚼が出来ないため、管を通して栄養分を体内に取り込む。この日もB氏はストレッチャー(寝台車)に長男を載せ、講演会に参加された。外出に相当の苦労があるとの事で、長男の成長とともに自家用車をワゴンタイプの福祉車両に買い替えをされたが、移動に対しての経済的負担も計り知れないものがある。

B氏もA氏同様、小中学校時代には学校との関係で、相当の苦労があったとの事。特に人工呼吸器をつけた障害児を受け入れることが、学校側の想定の範囲を超えていたようで、想像を絶する差別的言動にも向き合ってこられた。

転機は長男の定時制高校入学。ここでは小中学校時代とは打って変わり、親の付き添いなしに校外学習へ行くなど、先生、生徒(定時制のため年齢は千差万別)、看護職員らが協力して長男のサポートをしてくれた。。特に部活動(科学部)への誘いがあり、科学実験に参加している様子を語るB氏の笑顔が印象的だった。

③介護・障害福祉事業支援のあり方を再考

今回、訪問看護ステーションソレイユさんの1周年記念講演会にご招待いただき、私自身の介護・障害福祉分野支援のあり方を再考させられる機会となった。

私は介護・障害福祉事業に対して、法的支援を提供する事務所の運営と同時に、地元奈良県橿原市で市議会議員の職を拝命している。市議会で議題に上がるのは、大多数の市民の生活に影響を与える分野、例えば観光、子育て、教育、介護、ごみ処理、施設建設などである。

もちろん限られた時間の中で市職員も議員も議論をしなければならないため、多数市民の関心事が議論の中心になるのは致し方ないこととも思う。しかしいわゆる多数派の理論で社会システムを構築する方法が果たして正しいのだろうか。少数派、特に数少ない難病障害児とその家族の声を社会システムに反映する手段がなくていいのだろうか。

政治家は選挙による審判を受けるため、票を読む。しかし私は票読みとは直接関連の薄い分野に、政治活動の基礎を置く地方政治家を目指したい。その事を再考させて頂いたソレイユの稲田代表と講演者の方々に、この場を借りて改めて御礼申し上げたい。

訪問看護ステーションソレイユの2周年、3周年講演会の開催を祈念して。

 

(あとがき)

聴衆の緊張をほぐすために演奏して頂いた稲田代表のフルートの音色が、講演翌日にも余韻となって響く。温かく伸びやかなフルートの音色が稲田氏の人柄をそのまま表していた。