賃金の直接・全額払いの原則
・
■退職金請求権を第三者(債権者)に譲渡できる?
1.退職金の譲渡と直接払い
労働者Aは債権者Xに退職金債権の譲渡を約束。債権者XはAの勤務先であるO社に請求し、同社は拒否。
最高裁は退職金も労働基準法第24条にいう賃金に当たるとし、その譲渡を認めませんでした。
2.賃金直接支払いの原則
小倉電話局事件
最高裁 昭和43年3月12日第三小法廷判決
最高裁の判決要旨は次のとおりです。
①労基法24条では賃金の労働者への直接払いが規定されている
②同条は罰則をもって履行を強制するものである
③これは賃金債権を他に譲渡した場合でもなお適用されるものであり、
④同条に例外措置はない
⑤退職金も賃金に該当する
⑥よって、債権者が会社にその支払いを求めることは許されない
3.賃金直接払いと差押えの関係
判決は上記の通りシンプルな構成です。ここで賃金直接払いの原則と差押えの関係を理解しておきましょう。
【労働基準法24条1項】
賃金は直接労働者に支払わなければならない【民事執行法152条】
賃金債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分は、差し押さえてはならない。
・
■給与計算ミスの過不足を翌月相殺できるか?
1.賃金計算ミスとその相殺
F社は労働者Aに対して賃金計算を誤り、本来支給額を超えて支給。Aに対して返還を求めつつ、返還なき場合は翌月以降の賃金と相殺する旨を通知し、実際に相殺控除しました。
労働者Aはこれが賃金全額払いの原則に反するとしてF社を提訴。最高裁は労働者Aの訴えを退けました。
2.実質的には賃金の全額払いと同じ効果
福島県教組事件
最高裁 昭和44年12月18日第一小法廷判決
最高裁の判決要旨は次のとおりです。
①F社の処理は、過払金の不当利得返還請求権を自働債権とし、
②Aの給与債権を受動債権とした相殺である
③労働基準法第24条には賃金の直接・全額払いの原則が規定されているが、
④これには相殺の禁止をも含むものである
⑤しかし賃金計算には計算上の過払いが生じることもあり、
⑥これを後の賃金で相殺することは事務上の合理性をもつ
⑦このことは賃金とは無関係の債権との相殺とは異なり、
⑧実質的には賃金を全額支払ったことになる
3.賃金相殺の際の留意点
最高裁の判決にはこれに加えて、
合理的に接着した時期での相殺であり、予告され、多額にならない程度
という補足がついています。「多額」の範囲が示されていませんが、差押え限度額と比較して考えると手取りの4分の1程度が限度と言えるでしょうか。
・
■一度放棄に合意した退職金を改めて請求してきた労働者
1.賃金債権の放棄
労働者Aは部門責任者の職にありながら、在職中にライバル会社への転職を決定。同時に使用していた旅費に疑義が生じていました。
そこでS社は退職にあたり、双方一切の債権債務がないという趣旨の合意書を作成。労働者Aは退職金債権を放棄した覚えはない、また退職金不支給は全額払いの原則に反しているとS社を提訴。裁判所は労働者Aの訴えを退けました。
2.自由意志に基づく賃金放棄は有効
シンガー・ソーイング・メシーン事件
最高裁 昭和48年1月19日第二小法廷判決
最高裁の判決要旨は次のとおりです。
①退職金は労働の対象である賃金に該当し、全額払いの原則が適用される
②全額払いの原則は、労働者の経済生活の保護が目的であり、
③自由意志に基づく債権の放棄を否定するものではない
④S社はAの転職と旅費不正の疑いをもち、その損害補填の意味で
⑤Aに退職合意書面に署名捺印を求め、Aが署名捺印した
⑥Aの意思表示は自由な意思に基づくものと言えるため、
⑦Aは退職金債権を放棄したと認められる
3.退職時の合意書への署名捺印
退職時の合意書、誓約書に、
「今後双方、何らの債権債務を有するものではないことを確認する」
の一筆が入ることが一般的です。
この条項が有効であると言えるためには、署名捺印が会社の一方的な強制ではなく、労働者の合意・自由な意思に基づくものであると言えることが必要であり、その趣旨を明確にした判例であると言えます。
・
■退職金と会社からの借入金を相殺できるか?
1.退職賃金の合意相殺
労働者AはN社在職中にN社より借りていた住宅ローンを抱えたまま破産手続きを開始。Aは退職金と住宅ローンの相殺を申し出、N社はそれにしたがって処理を行いました。
ところがAの破産管財人が、当該相殺は労働基準法第24条、全額払いの原則に抵触するとして提訴。最高裁は、Aに相殺の自由意志があったものとして、破産管財人の訴えを退けました。
2.自由意志に基づく相殺は有効
日新製鋼事件
最高裁 平成2年11月26日第二小法廷
最高裁の判決要旨は、前述シンガー・ソーイング・メシーン事件を踏襲しつつ、
「会社の強要がなく、労働者Aの自発意思に基づくため、相殺は有効」
としています。
3.賃金放棄・控除・相殺には労働者の自由意志を
この判決も、労働者の自由意志に基づく賃金債権の放棄・相殺を認めるものです。事件では、労働者Aからの自発的に依頼があり、書類作成もAが自主的に進めたという事実があります。
賃金債権の放棄・控除・相殺には労働者の自由意志が何よりも重要となることを改めて認識しましょう。
【この記事の執筆・監修者】
-
※ご契約がない段階での記事に関するご質問には応対できかねます。
ご了承お願い致します。
◆1975年生 奈良県立畝傍高校卒 / 同志社大学法学部卒
◆社会保険労務士・行政書士
◆奈良県橿原市議会議員
◆介護福祉士実務者研修修了
◆タスクマン合同法務事務所 代表
〒542-0066 大阪市中央区瓦屋町3-7-3イースマイルビル
(電話)0120-60-60-60
06-7739-2538
【最近の投稿】
介護・障害者福祉 設立編2024-11-21【令和6年度法改正対応】訪問介護の会計処理方法|区分会計・部門会計 4種類の会計処理ルール|訪問介護の開業講座⑩ 介護・障害福祉事業を開業されたお客様の声2024-11-19共同生活援助(障害者グループホーム)を開業されたお客様の声《グループホーム和輪笑 様》 介護・障害者福祉 設立編2024-10-06【令和6年度法改正対応】訪問介護事業者マニュアル整備《運営指導対策》高齢者虐待防止とBCPは減算も|訪問介護の開業講座⑨ 介護・障害者福祉 設立編2024-09-21【令和6年度法改正対応】運営指導(実地指導)に備えて記録保存!訪問介護計画、サービス提供記録等|訪問介護の開業講座⑧