求人広告の内容と実際の労働条件が異なる場合、雇用契約はどうなるか?

求人広告の内容と実際の労働条件が異なる場合、雇用契約はどうなるか?

このコラムを3分読めば理解できること

・求人広告の法的意義が理解できる
・求人広告の内容に対して採用側が配慮すべきポイントが理解できる
・求人広告の内容と実際の労働条件が異なる場合の法的措置が理解できる

従業員から「求人広告の内容や面接で聞いていた内容と、実際の労働条件が違う」と指摘された場合、あなたはどう対処するか。このコラムでは求人広告の内容と実際の労働条件が異なる場合の法的措置について、社会保険労務士が詳しく解説する。

このコラムの目次

①求人広告の法的位置づけ(職業安定法第5条の3)
②労働条件の明示義務違反、雇用契約と現実の相違(労働基準法第15条)
③求人広告の内容と実際の労働条件が異なる場合の法的措置
④求人広告と労働条件の相違についての最新判例
⑤このコラムのまとめ

①求人広告の法的位置づけ(職業安定法第5条の3)

「求人広告内容、面接で説明された内容と、実際の賃金が違う」

労働者の短期離職理由のうち、常に上位を占める項目だが、この問題点にはいくつかの類型があるので先に例示しておく。

ア)雇用契約書と実際に支給された賃金が異なる
イ)求人広告の内容と実際に支給された賃金が異なる
ウ)求人広告の内容と雇用契約書の内容が異なる

エ)面接で聞いた内容と実際に支給された賃金が異なる

このコラムで主として取り上げるのは主として(イ)と(ウ)である。(ア)と(エ)については項目②で取り上げているのでご参照を。

さて求人広告の法的位置づけは、職業安定法第5条の3に明記されている。

《職業安定法第5条の3》趣旨を損なわない範囲で一部省略
労働者の募集を行う者は、労働者の募集に当たり、従事すべき業務の内容、賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。

民法の基本原則では「申し込みに対する承諾があった場合」に契約が成立すると考える。これを雇用契約に当てはめると、応募者(労働者)からの申し込みに対して、事業主が承諾することで雇用契約が成立する。

一方、この関係の中で「求人広告」は「申し込みを誘う(誘因)要素」と考えるため、「求人広告に記載されている内容自体がそのまま労働条件となる」とは解されない。(と今までは解されてきた

②労働条件の明示義務違反、雇用契約と現実の相違(労働基準法第15条)

(この項目は読み飛ばしても全体には影響ありません)

労働基準法第15条には次の規定がある。

《労働基準法第15条》趣旨を損なわない範囲で一部省略
使用者は労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。
 前項の規定によって明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。

第2項で言う「前項の規定によって明示された労働条件」は実際には雇用契約書を指すため、雇用契約と異なる事実があった場合、労働者は即時に労働契約を解除することができるのである。(別途第3項では帰郷旅費の受給権も保証されている)

従って前述の

ア)雇用契約書と実際に支給された賃金が異なる

については、労働基準法第15条で救済されることになる。また「一部の賃金が支払われていない」として差額を事業主に対して請求することも認められる(労働基準法第24条 賃金の全額払い違反)

一方で、

エ)面接で聞いた内容と実際に支給された賃金が異なる

については、これを直接規制する条文は無いが、事業主側が「面接で説明した内容を雇用契約書として明示していない」のであれば、先の通り労働基準法第15条(労働条件の明示義務違反)が適用される。

事業主には労働条件の明示義務があるという点を、くれぐれもご理解願いたい。

③求人広告の内容と実際の労働条件が異なる場合の法的措置

さて、いよいよコラムの本題である。求人広告の掲載から初めての賃金支給までには次のプロセスがある。

[①求人広告]→[②応募]→[③内定]→[④雇用契約]→[⑤賃金支給]
(実際には面接・内定受諾などもがあるが便宜上省略する)

法的位置づけとしては、②が民法上の「申し込み」に、③が同じく民法上の「承諾」に該当し、①が②を「誘う要素(誘因)」であることはすでに解説した。

また労働基準法第15条(労働条件の明示義務)により、遅くとも④の時期までには、事業主は労働条件を明示しなければならいことも解説した。

ここでは①求人広告の内容がその後の③内定、④雇用契約、⑤賃金支給に対してどのような影響を与えるのかについて検討していく。

過去の判例の考え方

求人広告はあくまでも「労働契約申し込み(応募)」のための誘因であるため、労働法(職安法第5条の3)の規制はあっても、将来入社までに確定されるべき「目標」であると解されてきた。

もっとも応募者は事業主から求人広告を下回る条件を提示された場合でも、交渉上不利な場合が多いため、事業主はみだりに求人票記載額を下回る額で雇用契約を締結すべきではない。

判例では、事業主に以下のような行為があった場合には、民法上の信義則違反に該当し、労働者は救済されている。

1.誇大広告で応募者を集め、実際にはそれを下回る額で雇用条件を提示
2.単に経費削減を目的に、求人広告を下回る額で雇用条件を提示
3.求人広告と雇用条件の相違について、理由説明を行っていない
4.求人広告と実際の雇用条件の差が顕著

逆に言えば、求人広告を下回る雇用条件提示に対して合理的な理由があり、その差が社会常識的に妥当な額であれば、事前に十分な説明を行うことを条件に、認められてきたのが事実だ。

〇東京高裁昭和58年12月19日判決「八洲事件」
採用内定時に事業主が示した賃金額はあくまでも「見込賃金」であり、最終的に雇用契約で決定した賃金額がこれを下回ったが、決定過程における事業主の態度に信義則違反が見られないとして、変更を認めた事例

しかし平成に入って裁判所の考えは転換している。

④求人広告と労働条件の相違についての最新判例

〇京都地裁平成29年3月30日判決
「求人広告」の位置づけを誘因要素としつつも、労使に特別の合意がない限り、求人広告の内容で雇用契約が成立すると判断した事例。
労働者Aは「無期雇用、定年なし」との求人広告に応募したが、初出社日に事業主から「有期雇用、定年65歳」との雇用契約書を提示され、署名捺印した。
裁判所は「既に他社を退職し同雇用契約の締結を受け入れざるを得ない労働者に対して、雇用期間、定年制という重大要素を変更したこと」を認めなかった。(労働者Aと会社との雇用契約は「無期雇用、定年なし」で継続していると判断)

その他にも、最近の「求人広告と労働条件の相違」についての判例は、「当事者間に別段の合意をする等の特段の事情のない限り、求人票記載の労働条件が雇用契約の内容となる」と判断する流れである。

〇大阪高裁平成2年3月8日判決
「常用雇用、定年55歳」との職安求人票を見て応募した者について、事業主との間でこれと異なる別段の合意をするなどの事情がないと判断した事例・・・求人票記載条件が実際の雇用契約の内容となった

〇大阪地裁平成10年10月30日判決
「退職金あり」との職安求人票を見て応募した者について、事業主との間でこれと異なる別段の合意をするなどの事情がないと判断した事例・・・求人票記載条件が実際の雇用契約の内容となった

時代の趨勢に応じて裁判例にも変化があることを示す、好例であると言える。

⑤このコラムのまとめ

以上が求人広告の内容と実際の労働条件が異なる場合の法的措置である。

労使に特段の合意がない限り、求人広告の内容が実際の雇用契約の内容となる。また、賃金、雇用期間、定年、退職金といった重大な変更については、単に雇用契約書に労働者が署名捺印したからといって、その変更を認めない場合がある点にも注意しよう。

個別労働契約の締結、会社内の労務管理でお困りの際はぜひ当事務所までお問い合わせを。

【この記事の執筆・監修者】

井ノ上 剛(いのうえ ごう)
※ご契約がない段階での記事に関するご質問には応対できかねます。
 ご了承お願い致します。

◆1975年生 奈良県立畝傍高校卒 / 同志社大学法学部卒
◆社会保険労務士・行政書士
奈良県橿原市議会議員
◆介護福祉士実務者研修修了
タスクマン合同法務事務所 代表
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