運営指導の基本知識【後編】どんなケースが不正請求に認定される?報酬返還の過誤調整、追徴金のルールは?

運営指導の基本知識【後編】どんなケースが不正請求に認定される?報酬返還の過誤調整、追徴金のルールは?
井ノ上剛(社労士・行政書士)

介護障害福祉事業の運営指導において、どのようなケースで不正請求だと認定されるのか、不安をお持ちではないでしょうか?また単に指定基準を誤解し、誤った事業運営をしているだけでも、報酬の返還を求められる場合があるのでしょうか?今回のコラムではそのような不安や疑問を解消すべく、なるべく分かりやすく解説します。

このコラムの推奨対象者

・報酬請求指導と不正請求の取り扱いに不安のある方
・最低基準等運営体制指導を正しく理解したい方
・高齢者虐待防止と身体的拘束等の廃止について知りたい方

コラムの信頼性

タスクマン合同法務事務所は、社労士、税理士、行政書士、司法書士が合同し、介護障害福祉事業の設立と運営支援に専門特化した法務事務所です。このコラムの執筆時(令和6年1月)現在、職員数56名、介護障害福祉事業の累積支援実績663社(北海道~沖縄)、本社を含め7つの営業拠点で運営しています。コラムでは運営指導の基礎知識について詳しく解説します。

同じ内容を動画でも解説しています。

運営指導の実施

事前通知

以下、介護保険事業を前提に説明しますが、障害福祉事業においても内容はほぼ共通します。

運営指導を実施する場合、実施日の1カ月前までに次の内容が通知されます。

事前通知項目

①運営指導の根拠規定及び目的
②運営指導の日時及び場所
③指導担当者
④介護事業所の出席者(役職名で可)
⑤準備すべき書類等(コピー可)
⑥運営指導当日の進行方法

これらは行政手続法第35条の規定に基づきますが、緊急時には、実施当日に通知を提示することで、無通告による実施も可能です。

確認すべき項目や文書が限定されていることからも、実施前に事前提出資料を求める場合は、必要最小限に限られます。なお、運営指導においては、法人自体の運営体制や財務状況は確認対象外です。

多くの自治体で、事業所自ら自己点検を円滑に行えるよう、チェックシートが用意されています。運営指導に当たっては、事前または当日にその結果を提出するのが一般的です。

運営指導を拒否した場合

運営指導は立入検査ではありません。そのため運営指導を拒否した場合にも、強制的な立入検査を行うことはできませんが、不正または誤った法令解釈による事業運営が行われている可能性があると判断される場合には、監査による立入検査が行われます。

運営指導に関する行政機関のスタンス

行政機関のスタンスとして、相手方に対して高圧的な態度や言葉遣いをすることは許されない旨が示されています。行政機関は、単に法に基づく権限を行使しているに過ぎません。また、その権限に基づく行政指導についても、相手方の任意の協力に基づき行うものであるためです。

行政指導には明確な根拠が必要であり、行政側担当職員の主観に基づく指導は、不明確なローカルルールの蔓延に繋がるため、排除すべきと解されています。

介護事業所の出席者については、必ずしも管理者に限定することなく、実情に詳しい従業者や労務・会計等の担当者、業務委託先が同席することも認められています。

運営指導結果

運営指導の結果、法令等の解釈誤りにより、人員や施設及び設備又は運営について改善が必要であると判断される場合は、文書によって根拠が示され改善指導が行われますが、これには強制力がありません。ただし介護事業所自身の力では改善が期待できない場合には、監査へ移行し一定の行政処分が検討されます。

また改善指導はあくまでも介護保険法の範囲で行われますが、例えば、消防法違反、建築基準法違反、労働基準法違反等の疑いがある場合は、関係行政庁へ通報される場合があります。

介護サービスの実施状況指導

確認項目

確認項目及び確認文書の指導では、すべての書類の有無を確認するというよりは、一人の利用者が、利用にあたってサービスの説明を受け、ケアプランが適切に作成され、それに基づきサービスが提供されるという、一連のケアマネジメント・プロセスが適切であるかどうかに力点が置かれます。

具体的には、利用者の自立支援の観点から必要なニーズが引き出されているか、さらに利用者の状態を改善するための課題やニーズの把握が行われているかの確認となります。これらを確認するため原則3名程度、居宅介護支援事業所においては介護支援専門員あたり1~2名程度が抽出され確認がなされます。

施設・設備については平面図を見ながら、変更部分がないか、目視巡回により確認が行われます。巡回の際には、利用者の尊厳保持の観点から、次のような点も同時に確認されます。

巡回時の目視による確認

①利用者の身体的状況:身体的拘束がされていないこと、異臭がないこと、髪型の乱れや無表情でないこと
②利用者の態度:恐怖や無力感の有無、表情の豊かさ、社会的孤立の有無
③服装の状況:着脱可能な服装、汚れや乱れ、臭いの有無、適切な服装の着用
④移動の状況:縛り付けや移動制限の有無、姿勢の維持
⑤ベッド周辺の状況:縛り付け、柵の使用、ベッドの配置や清潔さ、日中の過ごし方
⑥食事の状況:食事の環境、盛り付け、一斉に行われる食事、機械的な介助
⑦施設内環境:居室の状況、従業員の態度、利用者とのコミュニケーション

高齢者虐待と身体的拘束

高齢者虐待は、人格尊重義務違反に該当し、状況によっては指定取消等の行政処分となる可能性もある重要な確認項目です。高齢者虐待は5つに分類されます。

高齢者虐待の5類型

①身体的虐待
②介護・世話の放棄・放任
③心理的虐待
④性的虐待
⑤経済的虐待

介護保険法運営基準では「緊急でやむを得ない場合を除き、身体的拘束等、利用者の行動を制限する行為を行ってはならない」と規定されています。要するに身体的拘束等の原則禁止規定が置かれた上で、例外的に行う場合の要件が規定されているわけです。この例外規定があるサービスは次の通りです。

例外的に身体的拘束等を行う場合の要件の規定があるサービス

○ (介護予防)短期入所生活介護
○ (介護予防)短期入所療養介護
○ (介護予防)特定施設入居者生活介護
○ 介護老人福祉施設
○ 介護老人保健施設
○ 介護療養型医療施設
○ (介護予防)小規模多機能型居宅介護
○ (介護予防)認知症対応型共同生活介護
○ 看護小規模多機能型居宅介護
○ 地域密着型特定施設入居者生活介護
○ 地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護
○ 介護医療院

これらのサービス種別以外では、そもそも身体的拘束等自体が想定されていません。例えば、訪問介護中に利用者の身体を拘束して移動の自由を制限することは、極めて異常な事態であり、刑法上の責任を問われる可能性があります。

また、例外的に身体的拘束等を行う場合でも、次の三つの要件をすべて満たしていることが求められます。

例外的に身体的拘束等を行う場合の三要件

〔切 迫 性〕:利用者本人又は他の利用者の生命又は身体が危険にさらされる可能性が著しく高い
〔非代替性〕:身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がない
〔一 時 性〕:身体拘束その他の行動制限が一時的なものである

この三つの要件を満たす場合には身体的拘束等を行うことが可能ですが、その実施過程が正しく記録されているかが確認対象となります。

さらに言うと、身体的拘束の実施が正しく記録されていたとしても、平成30年度基準改正による、適正化措置を行っていなければ、身体拘束廃止未実施減算が適用されることになります。適正化措置とは、身体的拘束の実施の有無にかかわらず、次の全ての措置を講じていることを言います。

身体的拘束に関する適正化措置

・身体的拘束等の検討委員会を3カ月に1回以上開催し、職員に周知徹底を図る
・身体的拘束等の適正化のための指針を整備する
・職員に身体的拘束等の適正化のための研修を定期的に実施する

再度身体的拘束に関するフローを整理すると、以下のようになります。

身体的拘束の原則禁止
緊急でやむを得ない場合を除き、身体的拘束等、利用者の行動を制限する行為を行ってはならない
例外的に身体的拘束等を行う場合の要件があるサービスを列挙
(介護予防)短期入所生活介護、 (介護予防)短期入所療養介護、 (介護予防)特定施設入居者生活介護、 介護老人福祉施設 など
身体的拘束を行う場合の三要件を明示
切迫性、非代替性、一時性
実施過程の記録義務
どのような理由、態様、状況で実施せざるを得なかったか
適正化措置
身体的拘束の実施の有無にかかわらず、適正化措置を講じている必要がある

最低基準等運営体制指導

最低基準等運営体制指導は、介護サービスの質を確保するための体制に関する指導、つまり、介護事業所がそれぞれのサービスを行う上で、実際にどのような体制を構築しているかという観点から確認し必要な指導を行うものです。具体的には、人員や運営に関する確認項目及び確認文書に基づき実態が確認されます。

人員基準については、勤務体制一覧表を元に、勤務実績表やタイムカードから実際の員数が確保されているか確認されます。また、各種研修の機会の確保などについても実態が確認されます。

非常災害対策については、避難・救出等の訓練が行われているか、またBCP業務継続計画の策定状況についても確認されます。事故発生防止については、例えば「ヒヤリハット」や事故発生時の報告が適切に記録されているか、運用の有効性が確認されます。

報酬請求指導(不正請求)

介護事業所側には、サービスが適切に行われた上での報酬請求であることを示す説明責任がありますが、不正請求の実態については、介護事業所の説明に加えて、サービス提供記録、関係者の証言、勤務実績、サービス計画など複数の事実から判断されます。

報酬請求における基準不適合は、次の4点に区分することが出来ます。

区分 具体例 顛末
不当請求 制度の理解不足等による誤った請求 自主的に過誤調整を行うよう指導
不正請求 架空請求 サービス提供がないにも関わらず請求 監査に移行し、不正請求と認定されれば強制徴収(+40%の追徴金
付増請求 報酬基準より高い単位数で請求
減算規定の無視 減算規定に該当するのに減算せずに請求

不当請求とは、制度の理解不足等による誤った請求を行う事を言います。この場合、自主的に過誤調整を行うよう指導されますが、指導に従わない場合については、これが行政指導であることから、従わなかったことのみをもって、不正請求と判断され、返還を求められることはありません。この場合は勧告が行われた上で、それでも従わない場合は返還命令へと発展することになります。

一方、不正請求については、サービス提供がないにも関わらず請求する架空請求、報酬基準より高い単位数で請求する付増請求、減算規定に該当するのに減算せずに請求するケースの3つに区分されます。これら不正請求の疑いがある場合は、監査に移行し、不正請求と認定されれば返還命令が下されます。この場合、返還金とは別に40%の追徴金が課せられます。

なお人員や設備、その他事業所の体制整備に関する「運営基準違反」だけでは報酬返還の根拠にはならず、あくまでも報酬基準に違反した場合にのみ報酬返還が必要となる点も併せて理解しておきましょう。

介護保険法上、報酬の請求に関することで指定取消等の行政処分ができるのは、不正請求があったときに限られ、不当請求については含まれません。また、法第22条第3項に基づき、保険者が支払った額の返還を求める行為は、徴収金として金銭を返還させる行政処分(不利益処分)となるので、監査による事実関係の確認が必要となります。

まとめ

今回のコラムでは運営指導について解説しました。報酬請求に関する誤解は、単に過誤調整に留まるだけでなく、監査による徴収金、追徴金の請求、最も重い場合は指定取消につながる可能性があります。制度をしっかりとした上で事業運営に臨みましょう。

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【この記事の執筆・監修者】

井ノ上 剛(いのうえ ごう)
【記事内容自体に関するご質問には応対できかねますので、ご了承お願い致します。】

◆1975年生 奈良県立畝傍高校卒 / 同志社大学法学部卒
◆社会保険労務士・行政書士
奈良県橿原市議会議員
◆介護職員実務者研修修了
タスクマン合同法務事務所 代表
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