介護障害福祉事業を開業する方向けの遺言講座⑥|遺言の撤回、遺言の訂正、遺言を無視した遺産分割

遺言の内容② 遺言の撤回、遺言の訂正、遺言を無視した遺産分割

■遺言の撤回の方法

1.一度書いた遺言は撤回できるのか?

遺言によって財産を贈る側、贈られる側。

遺言作成当時は良好だった関係が、後日悪化してしまうケースがあります。

民法1022条
「遺言はいつでも撤回することができます」

ただし、撤回するにしても「遺言の方式」に従う必要があります。

遺言をするときも、撤回するときも、7種類の遺言方式いずれかの方式に従う必要があるわけです。

例えば、遺言相手に内容証明郵便などで、「遺言は取り消し」と通知しても効力はありません。

また先になされた遺言が「公正証書遺言」であったとしても、撤回の方式は「公正証書遺言」である必要はありません。

2.どういう事を「遺言の撤回」と呼ぶのか?

単純に「○年○月○日付の遺言を撤回します」

という趣旨の撤回遺言を作成することで、遺言の撤回が可能です。

これとは別に、民法では

①先の遺言と矛盾する遺言をした
②遺言で記した財産を、売って(処分して)しまった
③遺言書を破り捨てた

このようなケースも「遺言の撤回」であるとしています。

■複数回にわたる遺言の撤回

1.ケーススタディ~複数回にわたる遺言の撤回が有効な場合

甲遺言 平成20年1月1日「私の全財産はAに相続させる ○○○○ 印」

(その後Aとの関係が悪くなる)

乙遺言 平成21年1月1日「平成20年1月1日の遺言は撤回する ○○○○ 印」

(その後Aとの関係が良好になる)

丙遺言 平成22年1月1日「平成21年1月1日の遺言撤回は撤回する ○○○○印」

2.解説~複数回にわたる遺言の撤回が有効な場合

さてこのケースで遺言者が亡くなった場合、遺言をめぐる法律関係がどうなるかが問題です。

この例のように、明らかに甲遺言の復活を望んでいると分かるケースでは、撤回の撤回により、甲遺言が復活する場合があります。(最判平9.11.13)

3.ケーススタディ~複数回にわたる遺言の撤回が無効な場合

こんなケースはどうでしょう。

甲遺言 平成20年1月1日「私の全財産はAに相続させる ○○○○ 印」

(その後Aとの関係が悪くなる)

乙遺言 平成21年1月1日「私の全財産はBに相続させる ○○○○ 印」

(その後Aとの関係が良好になる)

丙遺言 平成22年1月1日「平成21年1月1日の遺言撤回は撤回する ○○○○印」

4.解説~複数回にわたる遺言の撤回が無効な場合

これが難しい。

丙遺言をしたときに、遺言者には「甲遺言を復活させる意図があったか?」

遺言書から読み取ることができません。

当然その時点で遺言者自身が亡くなっているわけですから。

つまり、遺言者がAに相続させたいのか、それとも他に意図があるのか。

このような場合、撤回を撤回しても元の遺言の効力は復活しないのが原則です。
(民法 1025条)

複数の遺言が見つかった場合や、遺言の効力を否定する方がいる場合、遺言の撤回の知識が必要です。

■自筆証書遺言が無効とされる例

1.自書とは何か?

自筆証書遺言の要件の一つに、「全文自書」というものがあります。

読んで字のごとく、初めから終わりまで、署名も含めて自分で書く、ということです。

ワープロ、コピーなどは無効の典型例です。

2.自筆証書遺言作成を助けたら?

ではもし、病気などでうまく字の書けない人を介助した場合はどうなるか。

判例によると、

①そもそも本人は字を書けること
②介助が単なる書き始め、改行などの添え手であること
③介助者の意図が含まれないこと

などを条件に、「介助された遺言も自書である」としています。

しかし視力の劣る人を過度に介助することで、本人の文字と完全に異なる筆跡になっている遺言は、「介助者の運筆誘導がなされている」として無効とされています。(最1判昭和62.10.8)

3.なぜ日付が必要なのか?

日付は、

「遺言の撤回」

で大きな意味を持つわけです。
(遺言の撤回については前章をご確認ください)

以上の本旨に従うと、「日付」は

○「自分の80回目の誕生日」
○「夫婦の50回目の結婚記念日」
×「1月吉日」

となります。つまり「日付」が特定できるかどうかが最大のポイントなのです。

4.押印の欠けた遺言は有効か?

日本の慣行として、署名押印をセットで求めることで、「本人の確かな意思」としています。

その押印が実印であれば尚いっそう「本人の意思を反映している」ことが確実となります。

自筆証書遺言には、

「自書・押印」

が必要ですが、押印は必ずしも実印である必要はありません。

仮に押印が「指印(拇印)」であったとしても、そもそも実印が求められているわけではないので有効です。(最判平元2.16)

■訂正の方法によって遺言が無効とされる例

1.書類の訂正の仕方

一般的に私たちが書類へ記入する際に、誤記入をどのように正しますか?

間違ったところに二重線を引いて訂正。そこに印を押す。
欄外に訂正印を押して、「2字削除、2字加入」と記す。

こんなやり方が一般的ですね。

2.遺言作成では訂正の仕方も決まっている

しかし遺言では、その訂正の仕方までが法律で決まっているのです。

①場所を示す(例:1枚目の2行目)
②変更した旨を示す
③署名する
④変更の場所に印を押す

従ってこの様式に合致しない遺言は無効となる可能性が高まります。

3.誤字脱字があった場合の遺言は?

では単に「文字の書き損じ」をし、気付かず完成させた場合はどうなるでしょう。

代表例が本人の誤解による漢字の誤り。

このようなケースでは、遺言の内容自体に影響を及ぼすものではないので、遺言が無効になることはありません。(最判昭56.12.18)

■作成手順に問題があり遺言が無効とされる例

1.公正証書遺言の作成手順

公正証書遺言の作成は次の順序を踏みます。
(視力、聴力が不自由な方には別途方法があります)

①遺言者が口頭で伝える
②公証人が筆記する
③公証人が遺言内容を読む
④遺言者が承認する

2.実務上では公正証書遺言の作成手順が入れ替わることも

しかし実務上では、①→②に相当な時間がかかるために、予め遺言者が公証人に

「明日改めて来ますが、こんな文面で作ろうと考えています。」

という遺言文面と関連資料を事前に提示しておき、

②→①→③、あるいは ②→③→① とするのが一般的であり、また有効であるともされています。(最2判昭和43.12.20)

法律を杓子定規に解釈するよりも、「目的」を吟味して、実務が運営されているわけですね。

3.作成手順の問題で公正証書遺言が無効とされる例

しかしここで問題とされるのは、遺言者本人ではない者(相続人、代理人、その他専門家)が公証人に予め遺言文書の案を示した場合です。

例えば、代理人が公証人に「本人の遺言案」を持参し、
②公証人が筆記し、
③遺言者本人の前で読み上げ、
④遺言者本人が承認する

と言うケースです。

学説では、

「遺言者本人が全文を公証人に口頭で伝えることで、初めて公証人が本人の【真意】を確認できるのだから、単なる承認だけでは無効だ」

という考え方もあります。

確かに一理ありますね。

私たちの生活場面でも、

「君は○○○○を××××だと思うか?」 → 「はい」

という状態と

「君は○○○○をどう思うか?」 → 「××××だと思います」

という状態では、相手方の真意が異なる可能性があります。

複雑な問題であればあるほど、なおさらです。

このような場合はケースバイケースで判断されることになりそうです。

4.うなずくだけでは承認したことにならない

しかしながら、「単に頷いただけでは承認したことにはならない」という判例がありますので、本人の承認は、

「その通りで間違いありません。」または、

「その通り、○○は××に相続させます」

と伝えるべきでしょう。(最2判昭和51.1.16)

■遺言を無視した遺産分割協議

1.遺言の趣旨に反する遺産分割協議は無効か?

判例では、「遺言の趣旨に反する遺産分割協議も有効」としています。
(さいたま地裁平14.2.7、東京地裁平13.6.28)

なぜそのような結論になるのかというと、

「遺言で各相続人らに承継された財産が、相続人全員の分割協議で合意の上、相互に再度、交換・譲渡し合ったと見ることができる」

というのが判旨です。

2.遺言を無視して遺産分割協議をしても紛争が起こらないから

つまり、遺言によって影響をうける利害関係人が全員同意すれば、そもそも紛争も起こらない。

遺言者(被相続人)が遺言を残す目的も、

①関係者に不要な紛争が起こらないように
②相続人(および受遺者)の特別貢献に報いるために

が主体であるため、それが満たされる全員の合意があればよし、ということになるわけです。

■遺言執行者がいる場合、遺言を無視することはできるか?

1.遺言の番人 遺言執行者

このように、遺言者(被相続人)がせっかく遺言を残しても、利害関係者全員の合意があれば、遺産分割協議で遺言と異なる分割が可能です。

では、遺言で遺言執行者が選任されている場合はどうなるか?

遺言執行者とは、遺言が正しく実現されるために、遺言者(被相続人)が特別に選任する人のことを指します。(民法 1006条)

遺言執行者には遺言の対象となる相続財産の管理等について、一切の権利と義務が生じます。
(民法1012条)

また遺言執行者があるときは、相続人は遺言の執行を妨害することができません。
(民法1013条)

遺言者は、自分の遺言がその通り実現されるように、信頼の置ける人を遺言執行者に選任することができるのです。

2.遺言執行者は遺言と異なる遺産分割を承認することは可能か?

最後にこのケースを検討してみます。

遺言執行者は遺言を実現する義務を負う、と書きました。

仮にそれに違反した場合、訴えられる可能性があります。

誰に?

もちろん、相続人(受遺者含む)ら利害関係人からです。

では、それら利害関係人自身から、「遺言と異なる遺産分割への同意」を求められて、それに同意した場合はどうなるのでしょう?

そもそも、利害関係人が遺言執行者を訴える理由がなくなってしまう、と言うのが現在のいくつかの判例に示されている考え方です。

つまり最終的な結論としては、

「遺言執行者、相続人、受遺者すべての合意があれば、遺言とは異なる遺産分割も可能」

となるわけです。

しかし最も優先されるべきは、遺言者の遺志であるはずです。

いくら法律上問題ないとは言え、遺言執行人は遺言者からの信頼に基づき選任されたことを忘れてはいけません。

【この記事の執筆・監修者】

井ノ上 剛(いのうえ ごう)
【記事内容自体に関するご質問には応対できかねますので、ご了承お願い致します。】

◆1975年生 奈良県立畝傍高校卒 / 同志社大学法学部卒
◆社会保険労務士・行政書士
奈良県橿原市議会議員
◆介護職員実務者研修修了
タスクマン合同法務事務所 代表
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