介護障害福祉事業を開業する方向けの遺言講座⑤|法律違反の遺言、共同遺言、遺言内容の拡大解釈

遺言の内容① 法律違反の遺言、共同遺言、遺言内容の拡大解釈

■遺言できる内容は民法に規定されている

1.ケーススタディ~遺言できること、できないこと

①私の死後、全財産は一人息子のAに相続させる。
②Aは私の遺骨をエベレストの山頂から散布すること。

このような遺言が有効か無効かを考えてみましょう。

2.解説~遺言できること、できないこと

①②が一つの遺言書の中に記載されており、方式の要件に合致しているとします。

結論的には
①は有効であり、②は「単なる希望」です。

②に法的な拘束力はありません。

遺言は本人の意思表示が「一方的になされ」、また遺言が効力を持つ時点で「当の本人はすでにこの世にいない」わけです。

よって無制限に(無責任に)何を書いてもよい、という事にはならないのです。

3.民法で見る遺言できること、できないこと

民法第5編(相続編)には遺言できる内容が細かく書かれています。
その一例をご紹介しましょう。

・一般財団法人の設立、財産拠出(一般法人法152条)
・未成年後見人の指定(839条)
・相続人の廃除(893条)
・相続分の指定(902条)
・遺産分割方法の指定(908条)
・遺贈(964条)  etc

■法律に違反する(秩序を乱す)遺言は有効か?

1.不倫契約と遺言

世に言う「不倫」について。

「不倫契約」は無効です。(民法90条 公序良俗違反)

よって不倫相手と、

「不倫関係を私の妻にバラしてはいけない。バラしたら違約金100万円」

という契約を結んでも、この契約自体が「公序良俗違反で無効」のため、一切保護されません、

一方で、

「私が死んだら、遺産の1割をB(不倫相手)に譲る」

という遺言が、有効なのか無効なのかが争われた裁判があります。

2.最高裁が認めた不倫相手に対する遺言

最高裁判例を要約すると、「条件付きで有効」となりました。

条件は以下の通りです。

①法律上の夫婦関係が破綻して期間が経っていること
②遺贈目的が、相手の生活保全であって、不倫関係の維持継続でないこと
③遺言によって、相続人らの生活基盤が脅かされるものでないこと
(最1判昭和61.11.20)

確かにこの状態だったら必ずしも「公の法秩序を乱す」とは言えないですね。

■共同遺言は有効?無効?

1.共同遺言とは?

私たちの遺産は、すべてA市に寄付してください
夫 ○○ ○○   印
妻 × × × × 印

結婚50年の記念日に、夫婦が仲睦まじくこんな遺言をしたとします。

このような遺言は有効でしょうか。無効でしょうか。

2.民法で見る共同遺言

民法975条
「共同遺言は無効」

という規定があります。これに基づくと、事例の遺言は無効です。

共同遺言を無効とする背景には、

①遺言を撤回したくなったとき、二人共同で撤回するのか?
②もし片方の署名押印に不備があったとき、有効性をどう判断するのか?

このような問題が生じたとき、手続きが複雑になるという理由があるのです。

以下、一つの遺言書に2名以上の遺言者が関与した場合、「どんな場合でも共同遺言として無効」として良いかを検討します。

■どんな場合でも共同遺言は無効?

1.ケーススタディ~どんな場合でも共同遺言は無効?

私の遺産は全てA市に寄付してください。 夫○○ ○○ 印
私の遺産は全てB市に寄付してください    妻× × × × 印

上記のような遺言があったとします。

2.解説~どんな場合でも共同遺言は無効?

「共同遺言は無効」という原則に一歩踏み込んだ判例として、次のようなものがあります。

「一通の証書に記された遺言でも、2名それぞれの意思が容易に分離できるときは共同遺言ではない」
(最判平5.10.19)

※しかしこの判例の事例は、4枚中3枚を夫が、1枚を妻が記載したという条件があることに注意が必要です。(つまりどんな場合でも有効とは断定していない。)

共同遺言については判例が少なく、有効無効の判断も困難を極めそうです。

やはり原則的な民法975条「共同遺言は無効」

という考え方に沿って考えた方が無難です。

■遺言は「合理的な範囲」であれば拡大解釈も可

1.遺言の拡大解釈 「合理的な範囲」とは?

遺言作成に専門家が関わらない場合、その表現があいまいになる場合があります。

遺言書では主に、「誰に、何を」ということを明確に記す必要があります。

仮に遺言者の妻がY田A子だとします。

「私の遺産は全てA子に相続させる」

と記載した場合。

世にA子さんはたくさんいるでしょうが、

「父(遺言者)の意図するのは、妻であるY田A子」

と解釈して支障ないでしょう。

2.誤字脱字でも拡大解釈しても可

仮に単純な誤字脱字、年号の明らかな間違い(昭和⇔平成)があったとしても、現在の判例は、

「なるべく有効である方向に解釈してあげる」

という、心温まる傾向となっています。

■判例で見る遺言の拡大解釈

1.ケーススタディ~遺言の拡大解釈

「喪は発しない。相続はさせない。私の財産は全て公共に寄与する」

このような遺言を残した事例がありました。

ここで問題となるのは、

「公共とは何か」
「寄与とは何か」

という事です。

2.判例~遺言の拡大解釈

判例では次のように結論付けています。

①遺言は単に言葉だけでなく、真意を探求して解釈すべき
②部分だけを抜き出すのではなく、全体との関係で解釈すべき
③遺言者の置かれていた状況、事情を考慮して解釈すべき
(最判平17.7.22)

「喪は発しない。相続はさせない。私の財産は全て公共に寄与する」

確かにこの遺言では「公共に寄与する」の真意が分かりません。

しかし当時遺言者が置かれていた状況は、

①親族と絶縁状態
②遺言執行者を選ぶなど、本気で遺言の執行を希望している
③遺言執行者に対して、「自分は天涯孤独」と告げている

このようなものでした。

3.遺言者の真意はどこにある?

遺言者の真意は、

「国、地方公共団体、その他公益団体への全額寄付」

であると拡大解釈して問題なかろう、というのがこの事例での判例です。
(最判平5.1.19)

しかし親切心から出た拡大解釈は、かえって故人の遺志を捻じ曲げる可能性があるため、十分な注意が必要ですね。

【この記事の執筆・監修者】

井ノ上 剛(いのうえ ごう)
【記事内容自体に関するご質問には応対できかねますので、ご了承お願い致します。】

◆1975年生 奈良県立畝傍高校卒 / 同志社大学法学部卒
◆社会保険労務士・行政書士
奈良県橿原市議会議員
◆介護職員実務者研修修了
タスクマン合同法務事務所 代表
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