最低賃金の引き上げを処遇改善加算で乗り切る!令和5年度最低賃金引き上げ幅、過去最大40円 ついに加重平均1000円超え

最低賃金の引き上げを処遇改善加算で乗り切る!令和5年度最低賃金引き上げ幅、過去最大40円 ついに加重平均1000円超え
井ノ上剛(社労士・行政書士)

最低賃金の引き上げに処遇改善加算で対応することはできるのでしょうか?毎年夏の甲子園が始まる前に、最低賃金引き上げに向けた検討が行われます。令和5年7月28日開催の中央最低賃金審議会では、過去最大となる約40円の引き上げを行うことが示されました。今回のコラムでは最低賃金の引き上げに処遇改善加算で対応する方法をご紹介します。

このコラムの推奨対象者

・令和5年度最低賃金の引き上げ額を知りたい
・最低賃金と処遇改善加算の関係性を知りたい
・最低賃金の引き上げを処遇改善加算で乗り切る方法を知りたい

コラムの信頼性

タスクマン合同法務事務所は、介護障害福祉事業の設立と運営支援に専門特化した法務事務所です。このコラムの執筆時(令和5年7月)現在、介護障害福祉事業の累積支援実績595社。処遇改善加算制度に精通しているため、一般の社労士事務所とは異なるアプローチで御社の人事労務分野をサポートすることが可能です。

同じ内容を動画でも解説しています。

令和5年度最低賃金引き上げの概要

初めに全都道府県の現在の最低賃金と、令和5年10月の引上げ目安を確認しましょう。ここで「引上げ目安」と表現したのは、7月28日に示された引き上げ額は厚生労働省の諮問機関、つまり相談先である中央最低賃金審議会の決定に過ぎないためです。この後10月までに、政府による正式決定が行われます。

東京(1072)神奈川(1071)大阪(1023)埼玉(987)愛知(986)千葉(984) 41円
京都(968)兵庫(960)静岡(944)三重(933)広島(930)滋賀(927)北海道(920)栃木(913)茨城(911)岐阜(910)富山(908)長野(908)福岡(900)山梨(898)奈良(896)群馬(895)岡山(892)石川(891)新潟(890)和歌山(889)福井(888)山口(888)宮城(883)香川(878)福島(858)島根(857)徳島(855)愛媛(853) 40円
岩手(854)山形(854)鳥取(854)大分(854)青森(853)秋田(853)高知(853)佐賀(853)長崎(853)熊本(853)宮崎(853)鹿児島(853)沖縄(853) 39円

ご覧の通りAにランク付けされる東京、神奈川、大阪などで41円の引き上げ、Bにランク付けされる京都、兵庫、静岡などで40円の引き上げ、その他Cにランク付けされる都道府県で39円の引き上げが予定されています。特に東京、神奈川では最低賃金が1100円を超えることになります。

巷には「経済環境の改善無しに最低賃金を引き上げるのは中小企業にとって大きな負担となる」との反対意見もあり、私もその意見に賛成の立場です。コラムの最後でその問題を取り上げ打開策を検討したいと思います。

処遇改善加算と最低賃金

続いて処遇改善加算と最低賃金の関係性について解説します。最低賃金法第3条では、最低賃金と比較する賃金の性質について規定されています。要するに「あなたの会社のこの賃金と最低賃金を比較して下さいね」という意味です。

最低賃金法第3条比較賃金

具体的に説明します。賞与はいくら支給しても最低賃金との比較材料にはなりません。また残業代や通勤手当、皆勤手当、家族手当などの支給があっても最低賃金との比較材料にはなりません。最低賃金と比較するのは、毎月決まって支給される賃金のみです。ここで一つ疑問点が生じます。

「処遇改善加算、特定処遇改善加算、ベースアップ等支援加算に関する手当を支給した結果で最低賃金を上回れば良いのか、それともそれらの加算手当を支給しない状態でも最低賃金を上回る必要があるのか?」という点です。

仮に御社の処遇改善加算手当が、毎月固定的に支給されている場合や、労働時間に応じて、例えば1時間当たり100円というように支給されている場合には、最低賃金法で言う毎月の賃金に該当します。処遇改善加算手当が最低賃金法第3条で除外される賃金項目に当たらないためです。

一方で、平成30年8月6日厚生労働省発出のQ&Aでは、

H30.8.6
厚生労働省

当該加算額が、臨時に支払われる賃金や賞与として支払われておらず、予定し得る通常の賃金として、毎月労働者に支払われているような場合には、最低賃金額と比較する賃金に含めることとなるが、当該加算の目的等を踏まえ、最低賃金を満たした上で、賃金の引き上げを行って頂くことが望ましい。

と示されています。要するに「なるべく処遇改善加算手当を除いて最低賃金以上を支給して下さいね」とのお願いのスタンスです。従って、仮に処遇改善加算手当を含めてようやく最低賃金をクリアする状態であったとしても、直ちに法令違反とはならないわけです。

もう少し踏み込んでこの問題を考察します。

ここで「処遇改善加算、特定処遇改善加算、ベースアップ等支援加算に関する手当を支給した結果、最低賃金を上回れば良い」という考え方をAとし「処遇改善加算、特定処遇改善加算、ベースアップ等支援加算に関する手当を支給する前段階で、最低賃金を上回る必要がある」という考え方をBとします。

処遇改善加算、特定処遇改善加算、ベースアップ等支援加算に関する手当を支給した結果、最低賃金を上回れば良い
処遇改善加算、特定処遇改善加算、ベースアップ等支援加算に関する手当を支給する前段階で、最低賃金を上回る必要がある

またある新規事業所でフルタイムの介護職員を10名採用する予定があるとします。この事業所でフルタイムの職員の最低賃金が15万円である場合、全体で150万円となります。またこの事業所に1カ月平均で50万円の処遇改善加算が入金される見込みがあるとします。

処遇加算で最低賃金2

Aの考え方に立てば、例えば基本給10万円、処遇改善加算手当5万円、合計15万円とし、これを10名に支給することで最低賃金法クリアとなります。

一方Bの考え方に立てば、基本給15万円、処遇改善加算手当5万円、合計20万円とし、これを10名に支給する必要があります。

要するに経営者目線に立てばAが有利となり、従業員目線に立てばBが有利となります。事業所の就業規則、賃金制度の立案権限は経営者にあります。Aの考え方に極端に寄りすぎると従業員の不満の原因ともなり得るため、慎重に決定しましょう。

処遇改善加算で最低賃金引き上げに対応する

続いて、最低賃金引き上げと賃金体系図の関係性、また具体的な対応策について検討します。

最低賃金のチェック

各事業所で用いられている賃金体系図を確認し、時給制の場合はそのまま地域別の最低賃金と比較します。月給制の場合は、月給を1カ月当たりの平均所定労働時間で割って時間当たり賃金を算出し、最低賃金と比較します。仮に月給18万円で1カ月当たりの平均所定労働時間が168時間である場合、時間当たり賃金は1071円となります。なお、1カ月当たりの平均所定労働時間は各事業所、各従業員によって異なる点に注意して下さい。

最後に私からコラムをご覧頂いている皆さんへ1つご提案があります。

井ノ上剛(社労士・行政書士)

日本政府は現在、低迷する日本の賃金水準を世界基準に合致させることに躍起になっています。令和5年度の最低賃金引き上げにより、当初の目標であった全国加重平均1000円には到達するものの、今後も引き続き最低賃金の引き上げは続くものと予測します。

冒頭で述べた通り、私は経済環境の改善無しに最低賃金を引き上げることには反対の立場です。特に介護保険事業所、障害福祉事業所の場合、事業所側に価格の決定権がないため、最低賃金の引き上げは死活問題となります。

そこで今後の最低賃金引き上げ対策として、次のような制度導入をご提案したいと思います。

賃金体系図

まず事業所における最低ランクの月給、時給を確認します。具体例として月給158,400円、時給980円であるとし、この事業所の地域別最低賃金が970円であるとします。時給はクリアしていることが分かります。月給は158,400円を1カ月当たりの平均所定労働時間で割る必要がありますが、仮に1カ月当たりの平均所定労働時間が160時間の場合、158,400円÷160時間で、990円となり最低賃金をクリアしていることが分かります。

この事業所の都道府県で最低賃金が40円引き上げされ、1010円になるとします。時給はもちろん1010円以上に引き上げる必要があります。月給の方は現在の時間単価が990円ですからこれを少なくとも1010円にまで引き上げ、160時間をかけて161,600円以上にする必要があります。

今後、最低賃金の引き上げが続く限り、永遠にこの作業を繰り返していくとなれば、事業所には多大な経済負担となります。そこで次のような方策をとります。

処遇改善加算で最低賃金引き上げを乗り切る

最低賃金の引き上げによる事業所の月給と時給の引上げをいったん、月給160,000円、時給1000円で打ち止めとします。そして今後の最低賃金の引き上げによる賃上げが必要となる場合に備えて、新たな賃金支給項目を作ります。仮に「最低賃金対応手当」と呼ぶことにします。以後、月給160,000円、時給1000円を超えて最低賃金引き上げに対応する必要がある場合、最低賃金対応手当に処遇改善加算を充てます。そうすることで、最低賃金法に違反せず、従業員に対する合意も得やすい制度となる可能性があります。

いずれにせよ、このような制度を採用するには就業規則・賃金規程の変更が必要となるため、十分な従業員説明の機会を設けることをお勧めします。仮に当社に顧問契約をご依頼頂ければ、このような制度作りや従業員説明のサポートもご対応致します。

まとめ

以上が最低賃金の引き上げと処遇改善加算の関係性です。制度をうまく活用して事業所の経営、従業員の福利厚生いずれにも役立つ制度設計とされることを心より臨みます。

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【この記事の執筆・監修者】

井ノ上 剛(いのうえ ごう)
※ご契約がない段階での記事に関するご質問には応対できかねます。
 ご了承お願い致します。

◆1975年生 奈良県立畝傍高校卒 / 同志社大学法学部卒
◆社会保険労務士・行政書士
奈良県橿原市議会議員
◆介護福祉士実務者研修修了
タスクマン合同法務事務所 代表
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